動物業界の人のために高齢者に犬猫を飼わせる?

朝日新聞sippoのサイトにこのような記事が掲載されました。

第12回 高齢者に犬を飼わせたい業界の思惑 「規制強化で大量遺棄」http://sippolife.jp/column/2015113000001.html

この記事を読んで、ちょっとひどいのではないかと思いました。
「ペットとの共生推進協議会」と名付けられた会の主催でこのような方向性で話が盛り上がったのだとしたら幻滅です。

彩の国動物愛護推進員の研修でも、ある獣医師が
「犬猫の飼育数が減少しているのは繁殖制限のせいだ」
「これを何とかして食い止めなければならない」
「我々の生活がかかっている」
と語り、愛玩動物飼養管理士の講習でも講師が同様のことを語り、
それは違うだろうと閉口したことがありました。

犬猫の繁殖制限は、不適切な交配により健康上問題のある個体が産まれるのを防ぐ他に
飼い手が見つからず放棄・遺棄された個体がさらに繁殖してしまうことや
それらの結果として殺処分にいたる個体を防ぐことが目的です。

自治体が犬猫の引き取りを拒否できるようになったのは、
繁殖業者による「大量生産」により殺処分される犬猫を減らす、すなわち
「蛇口をしめる」のが目的であるはずです。
どんなに桶やたらいを用意しても、蛇口から水が出っ放しではやがて追いつかなくなります。
犬猫の引き取り先や保護先にも限度があるのです。

確かに動物に携わる人の生活も無視するわけにはいきません。
しかし、そのためだけに高齢者に動物を「飼わせる」ようにするということは、
動物業界の人々のことだけしか考えていない利己的な行為ではないでしょうか。

犬猫を手放すとなると、引き取り先を探す困難という問題が生じます。
高齢者とて誰もが無慈悲に動物を放棄しているわけではありません。
高齢になると体力の低下、思考能力の低下、社会的なつながりの減少、経済力の低下などにより
社会的資源を充分に受けられなくなることがあります。
その結果、自分の力では引き取り先を見つけることができず、泣く泣く放棄・遺棄しているケースもあるのです。
飼い主に手放された犬・猫には多大な心理的負担が生じるのは記事にもある通りです。

安易に高齢者に犬・猫など動物を「飼わせよう」とすることは、高齢者と動物を「利用」し、
高齢者も動物も傷つけ犠牲にすることにつながります。

私は歯科医師ですが、歯科医院数の増加や齲蝕(虫歯)の減少などにより
歯科医療業界の伸び悩みが世間でも知られています。
しかし私達歯科医師や歯科衛生士、歯科医療従事者は、国民が虫歯や歯周病になるように仕向けたりなどせず、
予防や機能回復や公衆衛生に力を注いでいます。
動物業界に携わる人もしかり、
動物と人とお互いの尊厳と福祉を保てるよう働きかけて欲しいものです。

 

話題のお話から思うこと~子供が産まれたら、ペットは~

Twitterで、@kait_yuna さんの描いたお話が話題になっています。
お話としてはありきたりなものかも知れません。
しかし、最後のコマで幼い子供が描かれています。

この犬がこういう運命をたどる原因として子供の存在を示唆したのか、
それともたまたま描いただけなのか分かりませんが、
私の下にも「子供が産まれて動物に手がかけられなくなった」という話がよく寄せられます。

子供が産まれて大変なのは、よく分かります。
でも、私がいつも残念に思うのは
それまで愛情をかけていた動物のはずなのに、子供が産まれた途端に、
子育てで忙しいから、子供が大事だから、と
まるでその動物が悪者になったかのように、動物を手放すのがさも当然のように言い放つようになってしまう方が少なくないことです。

子育てで時間がないのに、動物にさらに時間を割かれると忌々しく思うこともあるでしょう。
子供が動物にアレルギーなどを発症すると、その動物は
「大事な我が子」を害するものという認識に変わってしまうこともあるようです。

子供は大事です。それは当然です。
けれども、この@kait_yunaさんのお話で描かれているように

「かわいいね、この子にする」

と思ったことを忘れないで欲しいと思います。
その人が今可愛がっているそのポジションに、以前はその動物がいたのです。

そして、動物を迎える際はその後の将来設計やライフスタイルを見据えて検討して欲しいのです。

結婚して、夢いっぱいの二人の生活が始まり、
二人の間にかわいい動物がいたらと思うのでしょう。
しかし、その後に二人の子供を持つか否か、子供を持つならいつごろなのか、経済的には大丈夫なのか、
そういう見通しができて初めて、大人として、飼い主や親となるにふさわしいと言えるのではないでしょうか。

「子供が産まれて動物を飼い続けることができなくなった」
という声が寄せられる一方で、私の周りには幼子を育てながらも
動物のお世話にも奮闘している方々もたくさんいます。
私の目には、とても素敵なお父さん・お母さんです。
こうして子供も大事にする、動物も大事にする親の姿勢を見て、触れて育つことは
子供にとってもきっとプラスに働くことでしょう。

まとめサイトのリンクを張っておきます。

http://blog.livedoor.jp/qmanews/archives/52124024.html

コメント一覧の色々な意見も、人の視点や善悪の意識が様々であることを考えさせられます。

 

 

優しさ、強さ。

4月。 そろそろ、よく行くドッグランの会員更新の時期がやって来ます。
そこで思い出されることがあります。

チワワの子犬を連れた飼い主さんでした。
その子を抱いて、よく柵の外からドッグランを眺めているのでした。

ある日ふと声をかけてみました。にこやかで物腰の柔らかな、とても感じのいい方でした。

「ドッグランには入らないのですか?」
「ええ…まだ子犬ですので。」

ん? 聞くとワクチン接種はもう終わっているそう。
そのドッグランは1歳未満は利用禁止などの規約は無いので、社会化を考えるならもう遊ばせてみた方が良いような。
そんな話をしてみたのですが、飼い主さんは微笑みながら

「でも…まだ幼くて可哀想ですから。」

とおっしゃるのです。

「そうですか…いつ頃から遊ばせてみようと思われますか?」

と尋ねると、

「1歳になった頃がちょうど会員更新の時期なので、その時に入会しようと思います。」

と。うーん…。
せっかく度々ドッグランを見せに来ているのだし、犬の月齢的にも…と思うのですが
ドッグランが社会化の全てではないから、まぁ仕方がないか…。
お散歩でしっかり色々なものに馴らしていれば…

そこでふと気になるのが、その犬はいつも首輪をしていないのです。

「首輪やハーネスはどうされているのですか?」

なんだか心配で、ついつい聞いてしまいます。すると

「前に着けてみたんですけどね、もう嫌がっちゃって。それを見ていたら可哀想でねぇ。」
「おや、そんなに?何日くらい挑戦してみたんですか?」
「いやいや、何日なんてとんでもない。着けたらもう暴れるから、すぐ取っちゃいました。可哀想ですからねぇ。」

うーん…。
多くの犬が初めて首輪を着けたときは嫌がるものです。
首輪に慣れさせるためには、なるべく嫌がらないように手順を踏んで行きますが、
もし嫌がる姿を見せてもある程度は我慢させなければ、いつまで経っても慣れないのです。
そこでの「我慢」は、犬も我慢しなければならないし、人も我慢しなければならないのです。

「首輪やハーネスを嫌がるのでは、お散歩はどうされているのですか?」

「こうやって抱っこしたり、自転車のかごに入れて外に慣れさせているから大丈夫ですよ。
それにこの子はあまり歩きたがらないんですよ…。だから可哀想でしょう?」

「歩くときはリードなしでですか?」

「ええ、でも大丈夫なんです。この子はイイ子でしてね、
下ろして私が先に行くと、後からチョコチョコ付いてきて離れないんです。」

…ああ!突っ込みどころ満載で!!

抱っこしたりキャリー等に入れて外慣れをさせるというのはありますが、
それは社会化の初期の時期、まだワクチン接種が終わっていなくて外を歩かせることができない時期の話です。
なにごとも、見ているのと実際に自分でやってみるのとでは大いに違うように
犬にも見せるだけでなく、自分で歩かせて、嗅がせて、感じさせなければならないのです。

歩きたがらない。 それは当然でしょう。
こうやって飼い主さんが逐一気を遣って抱っこしてしまうから、
外を歩くということやその感触に慣れていないのです。
犬が怠慢になっていることも考えられます。
(人間の話でも、大きくなって歩ける子供をいつまでもベビーカーに乗せている親と子の問題がありますが、
それを彷彿とさせます。)

飼い主の後を付いていく。
これも別に脚側行進ができるというわけではなく、単に「怖いから飼い主の側を離れないだけ」なんですね。

この飼い主さんの根底には「可哀想」という思いがあります。
幼いから可哀想、首輪は嫌がるから可哀想、歩くのは嫌がるから可哀想…

お話をしたときに受けた印象通り、この方はとても優しい方なのだと思います。
〇〇だから可哀想と感じるのは、その相手をおもんばかる優しさがあってのこと。
しかし、その優しさが強すぎてしまうと、時にこのように間違った方向として表れてしまいます。

その対象を愛すれば愛するほど、つい甘くなりがちなものです。
だからこそ昔から、自らを戒めるために 「獅子は千尋の谷に我が子を落とす」 とか、
「かわいい子にはたびをはかせろ」 という言葉があるのでしょう。

蓮 「かばさん…違う!『たびをさせろ』でしょ!?」

…「かわいい子には旅をさせろ」 という言葉があるのでしょう。

社会化も首輪もリードも、その子を本当の意味で愛すれば必要なことです。
そこで、飼い主として、保護者としての少しの「我慢」ができることも必要です。
愛すればこその強さが求められるのです。

あの犬と飼い主さんに会ってから、もうじき2年が経ちます。
あれからしばらくして、まったく見かけなくなってしまいました。
社会化の遅れが災いして、とても外に出せない子になってしまったのか…
それともノーリードが災いして、何か事故にでもあってしまったのか…
悪いことばかり頭をよぎりますが、そういうことが容易に想像できてしまう状況でした。

飼い主さんがその子をとても慈しんでいるのは分かるだけに、
今もどこかで一緒に元気で暮らしていることを願わずにいられません。

この春はいつものドッグランでひょいと出会えたら…
そんなことを思うのでありました。

 

 

比べないで

犬のしつけについて飼い主さんとお話をしていると、よく耳にすることがあります。
それは、つい自分の犬と他の犬を比べてしまうということです。
特に子犬期からまだ若い時期の犬の飼い主さんは、こういうことが多いようです。

「お友達の犬はとても頭が良くて何でもできるのに、うちの犬は何もできなくて…」
「以前飼っていた犬は無駄吠えを全然しなかったんです。でもこのコはすぐ吠えるんです。」
「こんなに教えているのにちっとも覚えない。同じ年頃の犬はもうできるのに…」

私は歯科医や学校でのカウンセラーとして、お子様を持つ親御さんのご相談にも応じてきました。
そういった経緯もあり常々思うのですが、犬を育てるという事と子育ては本当によく似た点がたくさんあります。

子を持つ親、特に母親は、自分の子供の成長をつい同年齢の他の子と比較してしまいがちです。
そもそも人は他人と自分を比較することにより社会の中での自分の程度を推し量るものなので
自分の子供を他と比べるのも無理からぬ話ではあるのですが、 比べて、何を量っているのでしょうか?

自分の子が他の子よりも進んでいたり、優れているときは安心します。
しかしそうでない場合は、その子の未熟さや能力の低さを嘆いたり、自分の親としての至らなさを責めたりします。

さて、飼い主さんの場合はどうでしょうか。
まず、他の犬と自分の犬を比べて焦りを感じている飼い主さんは、
他の飼い主がしっかりしつけをできているにもかかわらず自分は出来ていないという、
飼い主としての至らなさや無力さを感じているという傾向が見られます。
また、「うちの犬はバカなんですよ」と言ってしまうことにより、
しつけができていないことへの言い訳をすると同時に、自分の犬への諦めを自分自身にもたらしている様子も見受けられます。

再び人への例えに戻してみましょう。

あなたは子供や学生の頃、他の子や兄弟と比較をされて嫌な思いをしたことはありませんでしたか。
怒りや、恥ずかしさや、寂しさを感じはしなかったでしょうか。

犬は他の犬と自分が比較されているということは理解できないでしょう。
しかし、飼い主さんが自分に対して抱いている不満はしっかり感じ取ります。
「もう…この子は!」
「だめだねぇ」
こんな言葉や態度は犬の自信を失わせ、悲しい思いをさせます。
トレーニングも嫌いになってしまいます。

犬のトレーニングは上手に行えば飼い主さんも犬もとても楽しいものなのです。
どうか他の犬と比べず、焦りや恥ずかしさやいら立ちを感じてもぐっとこらえて、
愛するパートナーのために表に出さないであげて下さい。
他との比較はあくまでも、おおよその程度を知る一つの目安にとどめておく方が良いでしょう。

愛犬は主人である飼い主さん、あなただけを見ています。
どうぞ飼い主さんも、目の前のパートナーに無償の愛を注いであげて下さい。