犬の甘噛み・噛みぐせを放置しないで

最近、咬む犬の飼い主様からのご依頼が増えています。

なぜ咬むのでしょうか?

犬にとって咬むのは本能的な自然な行為です。
恐怖、威嚇、怒り、相手との力関係を確かめる、自分の力を示す、自分の要求を押し通す、など
自分の意思を伝え、自分を守るための犬にとっての手段の一つです。
咬むと自分にとって不都合がある、あるいは咬む必要などないということを学習しないと
いつまでも咬むことは無くなりません。

よく、子犬の頃に「甘噛みだから」と
子犬がじゃれついて手などを噛んでくるのをそのままにしている人がいます。
「家族にしか噛まないので」
という人もいます。

それでいいと思いますか?

たとえ力のゆるい「甘噛み」であっても、家族にしか噛んでこなくても、決してそのままにしてはいけません。
放置していると、犬は

「人の手を噛んでもいいんだ」

と学習してしまい、他の人をも噛むようになってしまうおそれがあります。
ゆるい甘噛みであっても、家族ならそれに慣れているかも知れませんが
他人にとって「犬の歯が当たった」というのは大きなショックになります。
もしそれが子供であれば、子供は言葉の表現がまだ十分ではありませんから

「かんだー!」

と言うかも知れません。
それを聞いた保護者の方はどう思うでしょう。
大問題に発展する可能性だってあるのです。

さて、犬に咬まれるのはトレーナーの恥ともいいますが、
さすがに何匹もの犬に会っていると、中にはこういうことも起きます。

犬に咬まれた傷

やられてしまいました。
受傷の翌日の状態です。
まだ生後半年にも満たない小型犬が服の上から咬んだだけでもこれです。
仕事上こういうことは起きうるので問題にしていませんが、
誰かの飼い犬が一般の人を咬んでこのような傷を作ってしまったらどうなることでしょう。

また、犬は甘噛みをしながら相手の反応や力関係を確かめているといいます。
子犬の甘噛みを放置していると、成長とともに顎の力もだんだん強くなり
人はやがて噛まれることに恐怖感を感じるようになってきます。
犬は人が恐怖を感じ怯えていることを察知します。

噛みつく力が強くなる→人が怯える→犬は自分の要求を咬むことで押し通そうとする→いうことを聞かなくなる→手に負えなくなる

というサイクルができはじめ、
その内に咬まれることが怖くて犬を構わなくなり、
トレーニングの機会も減り、
犬とのコミュニケーションも取らなくなり、
やがて犬をかわいいと思えなくなり、
虐待や遺棄、殺処分

などという最悪の結果を招きかねません。
これでは人も犬も不幸になってしまいますね。

犬の噛み癖は甘く見ず、決して放置しないで、
しっかりとトレーニングしてやめさせるようにしましょう。

 

 

ペットにお金をかけられますか

とても考えさせられる出来事がありました。

ある、犬を飼っているという方のお話です。
その方の犬は、ある悪性の病気にかかっているそうなのです。
身体も不自由になってしまい、痛いのでしょうか、片足はもう地面に着くことができず、
持ち上げるようにして歩いているそうなのです。

「そうなんですか…それは可哀相ですね。治るといいんですが…。

この私の言葉に、その飼い主さんはきょとんとしたような、意外な表情を浮かべました。
(あ、もう治る見込みがないのかな…。)
飼い主さんの表情から、私はそう察知しました。
「治るのは難しそうなのですか?」
と訊くと、こんな答えが返ってきました。

「いえね、人に聞いたら犬のその病気は治らないって。それに高い治療費もかかるでしょう?
ペットの保険があるから入っておいた方がいいよとは言われていたんだけど、まぁ、ね。」

すなわちこの方は、ペット保険には入っていなかったのです。
そして、その飼い犬がかかっている病気についても諦めてしまっているようでした。

その病気は現代であれば、高度な医療を受ければ治すことも可能な病気です。
その飼い犬はもしかしたらもう末期で治る見込みはないのかも知れませんが、痛みの緩和などしてあげられるケアはまだあります。

そいういうこともあり、私は「治るといいんですが」と、獣医療にかかっているのが当然のこととして話してしまいました。
昨今は飼い主さんの意識も高まり、きちんとしたしつけと正しい食事、高度な医療を求める飼い主さんが増えてきました。
そのような中で私もつい無意識に、治療を受けているのが当たり前と思ってしまっていたのです。

この飼い主さんのように、飼っている動物が病気でも獣医療にかからない理由はいくつかあります。

経済的理由
治療を受けさせてあげたいが、お金がない。
知識がない
その病気はもうどうしようもないのだと思い込んでいる。または、一体どうしたら良いのか分からない、など。
価値の問題
動物にそこまでお金や手間をかけるという発想がない、またはそこまでしてやる必要はないと思っている。

などが考えられると思います。
このどれが欠けても、動物にお金をかけられない、という結果が訪れます。

この飼い主さんのようなケースはまだまだたくさんあるのだということを、
不覚にも私はすっかり意識から抜けてしまっていたことに気付きました。
近頃、蓮の治療で高度な医療機関を巡ったり、意識の高い飼い主さんと触れ合う機会が多かったことが影響していると思います。

しかし私が働きかけていくべきは、上記のような飼い主さんや、その「ペット」なのだと思います。
飼っている動物にどれだけお金をかけることができるか、これは実に難しく複雑な問題です。
これらの問題については引き続き、提言をしていきたいと思います。