良いおこないに見られる攻撃性

自己を「悪者は許さない。誹謗中傷をすることも辞さない」と位置づけている人を見かけます。

私は攻撃性のある人とは関わらないようにしています。
一見、良いことを言ったり良い活動をしているようであったりしても、
その背後に攻撃性が見え隠れしていることがあります。
自分が考える「正義」や「良いこと」にそぐわないものをこき下ろしたり罵倒したり嘲ったり、
こういうものが見えるときには注意を払わなければいけません。

きつい言葉や過激な言葉で悪者や敵対者を攻撃する人には支持が集まりがちです。
人が心の奥に持っていて表に出すことのできない、
対象を攻撃したい願望を代弁してくれるからです。
攻撃性のある人の言動はそうした形での共感を招きやすいのです。

しかし注意しなければならないのは、
この「代弁者」でいてくれる攻撃性のある人の「正義」や「信念」が、
いつでもあなたの「正義」や「信念」と一致するわけではない、味方ではないということです。
もしあなたの正義や信念や行動が攻撃性の高い人に認められなかったとき、
その攻撃性は一転してあなたに向きます。
今まで仲が良かったのだからそんなはずはない、自分は特別などと思ってはいけません。
自分の思う正義や信念を表現するには、何も相手を攻撃する必要などないのです。
それでも攻撃をするということは、他のものを理解しよう、対話しよう、受け入れようとする気持ちが無いか少ないという狭量さを表しているのですから。
さらに掘り下げて考えると、「良いこと」や「良い活動」をしているように見えますが、
その真の動機はどこにあるのでしょうか。

よく、メンタルを病んだ人はカウンセラーになるべきではない(なれない)といいます。
まともなカウンセラーならこのことに頷けるはずです。
例えば「親子関係で確執を抱えて…」「不登校になった経験があって…」など、
問題を抱えたことのある人は同じ問題で悩んでいる人のことが良く分かるので
親身になって相談に乗ってくれると思われがちです。
しかし、カウンセラー自身が心の中に抱えた葛藤や傷、トラウマを
健全かつ完全に克服していないと、
クライエントの悩みに自分の葛藤や恨みや怒りや悲しみなどを重ねてしまい、
誤った感情移入をしてしまうおそれがあるのです。
こうなるとクライエントの問題とカウンセラーの問題との境界がなくなり、
カウンセラーとして適切な立ち位置を取ったり支援したりができなくなります。

話を戻します。
一見「良いこと」や「良い活動」をしているように見えるその人の動機は、
「自分もかつてその問題で悩んだことがあるから」
「同じようなことで苦しめられたことがあるから」
ではないでしょうか。
それを健全に克服できて、完全に消化(昇華)した立場で関われるのなら良いのです。
しかし、その言動や活動の中で垣間見える攻撃性は、
かつて自分を苦しめた問題や相手や対象を重ねて見ているという可能性はないでしょうか。
当時の相手の代わりに現在の対象を攻撃することで「やり返し」をしているかも知れません。
そうだとすれば、その言動や活動は困っている人や悩んでいる人や社会などのためではなく、
「自分のため」に過ぎないのです。