蓮の歯が折れた!~犬の歯が折れたら~

それは2012年11月25日の夜。

「犬の歯磨きは楽しいよ!」の続きとして、具体的な歯磨きへの慣らし方を書く予定でいたのですが
思わぬハプニングが…。

いつものように蓮の歯を磨いていたところ、
右上の奥歯(第4前臼歯)の尖っている所(咬頭(こうとう)といいます)が欠けているのに気付きました。
よーく見ると、欠けた面にポツンとピンク色の点が…。

ここで歯のお話をしますと、歯の中には歯髄(しずい)という、神経や血管が通っている部分があります。
歯が折れたり、欠けたり、虫歯になったりして、歯髄が露出した状態を露髄(ろずい)」といいます。

露髄してしまうと細菌が歯の中に入り込み、歯髄に炎症を起こし、やがて根の先に膿をつくり、
ひどくなると膿が出口を求めて歯肉や顔面に「瘻孔(ろうこう)」という穴を開けてしまうことがあります。
こうなるともちろん歯は抜歯になります。

しかし早いうちであれば「抜髄(ばつずい)」という処置を行い、
歯の根の中の「根管(こんかん)」の中にまでに入り込んだ細菌や感染した歯髄を除去し、
「根管充填(こんかんじゅうてん)」という根管の中を封鎖する処置を行うことで、歯の保存が可能です。
つまり抜歯せずに済むのです。

私は元々歯科医師なのでよく解るのですが、このピンク色の点は露髄しているか、露髄一歩手前…。
露髄してしまった場合の厄介さ、恐ろしさもよく心得ているだけに、
できれば露髄していて欲しくないと心から思いました。

人間であれば今の状態なら「覆髄(ふくずい)」という歯髄を保護する処置をして、欠けた部分をレジンで修復して…
と治療の手順も頭に浮かび、そのようにするところなのですが、相手は犬。
やはり獣医さんに診察してもらうのが一番と、翌日朝一番でかかりつけの動物病院に行きました。

かかりつけの先生の診断では、
「欠けているだけで露髄はしていないので、経過観察でよいでしょう」
ということでした。
しかしどうしても収まらない、私の歯科医師としての感覚が。

人間であれば、これだけ大きく欠けて露髄寸前まで来ていれば、相当しみたり痛いレベル。
歯髄の保護は必要だし、欠けた所からさらに欠けてくるおそれもあるので
欠けた部分を修復し、今残っている歯の部分も保護しなければなりません。
しかし人間なら局所麻酔で行える処置でも犬の場合は全身麻酔をかけなければならず、
負担やリスクを考えると、欠けた歯にそこまでするよりは経過観察で…というのも一理あります。

でも。

万が一露髄していたり、露髄寸前で放置しておくことで歯髄炎(しずいえん)を起こしたら、
そちらの方がリスクが高く、蓮を苦しめることになるのです。

蓮をひっくり返して、何度も何度も欠けた歯をのぞき込みました。
心の中のどこかでは、このままで済めばいいのにという思いはあったのです。
治療をするとなれば、全身麻酔のリスクや、
犬の歯内治療という特別な治療を行っている動物病院を探さねばならないのですから。

蓮の歯を見ながら、純粋に歯科医師としての自分の目と感覚にゆだねました。
そして意を決しました。

…やっぱりこのままでは駄目だ。

受診することに決めた動物病院は我が家からかなり遠く、しかも雨でした。
知らない遠方に雨の中を車で行くのは少し不安がありましたが、
手をこまねいている内にどんどん悪くなってしまうかも知れません。
犬はあまり痛みを表現しませんが、痛いはずなのです。

こんなとき、パートナーを助けてあげられるのは飼い主だけです。
パートナーは飼い主を頼るしかないのです。
なのに飼い主に行動力がなかったり、面倒くさがったりしたら…?

これは子供が急に発病したり、ケガをしたりしたときなど、人間にもしばしばあることです。
「こんな時に熱を出すなんて…」 忙しいときなど、つい苛立ってしまう気持ちはよく理解できます。
それは仕方のないことかもしれません。
でも、そういう気持ちは心の奥に飲み込んで、病気の子供のために動くのが親というものです。

さらに可哀相なのが、経済的な事情で満足な医療にかかれないことがあるということです。
私が相談員をしていた学校でもありました。
校内の歯科検診で「要治療」と言われているにもかかわらず、
お金がないからという理由で、 親に治療費を出してもらえない子供たちがいました…。

今や犬は家族の一員です。
犬(パートナー)が不意の病気やけがになったときに
受診できる動物病院を探しておく必要性は以前もこのブログで書きましたが、
お金に関しても備えておく必要があります。
お金がなくて治療ができないなんて、目も当てられないほど悲しいではありませんか…。

蓮を助けられるのは私だけ。
遠かろうと、雨だろうと、そんなのは関係ない。
私は蓮を車に乗せ、目指す動物病院へ向かいました。

診察して下さったのは院長先生で、小動物の歯の治療でご高名で相当数の実績のある方です。
院長先生の診断と治療の説明は、すべて私の納得のいくものでした。

「犬だから仕方ない」 「動物だから大丈夫」
よくこう言う人がいますが、こんな昔の人の古い考えで目の前のパートナーの苦しみに目をつぶり、
今できるはずの治療をしないということは、私にとって考えられません。
愛するパートナーには最善のことをできるようにしておく。 それが飼い主の責任ではないでしょうか。
「犬だから仕方ない」 どう仕方ないんです?
「動物だから大丈夫」 なぜそう思うのですか?動物も痛みを感じるし、病気やけがで死にます。

私は蓮の歯科治療をお願いすることにしました。

さて、犬の歯について。
犬の歯が欠けたり、折れたりすることは、実はとても多いのです。

犬の歯は人間が思っているほどそんなに丈夫ではありません。
よく「歯やあごを丈夫にする」「歯垢や歯石が取れる」という名目で硬いオヤツやおもちゃが市販されており、
それを信じて与えている飼い主さんも少なくないですが、あまり推奨されることではありません。

まず第1に、すでに生えている歯が、硬いものを噛むことによって丈夫になるなんてことはあり得ないからです。
硬いものを噛めば噛むほど、どんどん歯がすり減るだけです。

第2に、歯が折れる危険があるということです。
犬の歯が折れた原因として、ヒヅメ、アキレス、骨がこの順に多いそうです。
これらは「歯石取りの効果があるから」といって与えている飼い主さん、多いですよね…。
果たしてそうでしょうか。

第3の理由は、硬いオヤツやおもちゃは歯垢除去・歯石除去には不十分だからです。
噛むことにより唾液の分泌が促され、口の中を唾液で洗い流すという効果は確かにあります。
硬いオヤツやおもちゃが歯面をこするという効果も期待はできますが、
歯面に当たった部分しか清掃できません。
噛むのに関与しなかった歯や、歯周ポケットの中までは掃除できないのです。

歯石予防にはきちんと歯磨きをするのに勝るものはありません。

私も蓮には硬いオヤツやおもちゃは与えないようにし、細心の注意を払ってきました。
それにもかかわらず、このように欠けてしまったのです。
硬いオヤツやおもちゃを与えている飼い主さんは、何か起きる前に止めることをお勧めします

何度も言いますが、犬の歯が折れることは多いのです。
歯が折れてしまうと、専門的な治療ができる獣医さんを探さねばならず、
検査や治療で莫大な費用もかかります
肝心なパートナーはと言えば、
歯は折れてしまうし、全身麻酔で治療を受けねばならないしで、負担しかありません

「うちの子は大丈夫」 これは絶対にあり得ないのです。
飼い主さん、よーく考えて下さいね。